おっぱい110番 ママの声H・Kさん

おっぱい110番

断乳で見た“2歳の幼児のいじらしい姿”

高校生の息子の背中に、断乳の時の姿が重なる

2人の息子が《おっぱい110番》にお世話になり、2人とも思春期になった今、彼らが自立していくのを淋しいながらも嬉しく思っています。

長男が断乳を迎えたのは、2歳のお誕生日のことでした。いよいよ断乳となり、おっぱいを見た瞬間の息子の引きつった顔…「しまった!そうだった!」と言わんばかりに大好きなおっぱいから後退り、泣きたい気持ちをグッと堪え、それからは、喉まで出かかっているであろう「おっぱい」の「お」の字も言いませんでした。パパやおばあちゃんたちとたくさん遊び、ご飯をお腹いっぱい食べ、くたびれて寝る…という潔さ。平田先生から聞いてはいたものの、我が息子の様も見事でした。
赤ちゃんからお兄さんへの道程を必死で乗り越える意地らしい姿!たった2歳の幼児の、その自らを律する素晴らしい姿は今でも感動と尊敬の気持ちで昨日のことのように、ありありと思い出します。

そんな長男が、高校で「應援團部」に入りました。
息子の高校の応援団は、「人の応援をする為には、その相手の練習量をはるかに上回る練習をこなしていなければ応援する資格は無い」「応援する者として身なりは勿論のこと、行動、言動、全ての人の手本となるよう努める」という理念で活動していました。
その役割は大きく、運動部の試合の応援だけでなく、体育祭は勿論、文化祭など学校行事の度に率先して全校生徒を指揮し、統制していくのです。応援団長ともなれば、まさに全校生徒からの信頼を得ていなければ、決して勤まるまるものではありません。

部活動での先輩方の指導は厳しく、声出しで喉は擦れて全く声が出なくなったり、運動部並みの練習で体は筋肉痛と疲労でボロボロになっていましたが、それでも、朝から晩まで練習に明け暮れます。彼は「自分はこのままどうなってしまうんだろう」と毎日思っていたと、当時を振り返って言っていました。
あまりの過酷な練習で、2年生になる頃には部員はどんどん辞めてしまいました。
そんな中、息子はその應援團の団長に就任しました。「人の応援をする為には、それを上回る練習をしなければ資格は無い」「まず、自分が手本に」の信条を以って、過酷な部活動を仕切っていきました。

息子が応援団長としての最後の体育祭では、胴上げと沢山の生徒たちからの感謝の言葉を受け、生徒からだけでなく、先生方からも固い握手と労いの言葉を貰い、彼の心に刻まれたであろう素晴らしい退任式は、私も感謝でいっぱいでした。

応援団長を退任して、彼は、今、念願だった関東の大学へ進学が決まり、次の目標に向かい邁進しています。決して目立つことなく、人様の応援の為にひたすら裏方に徹する姿勢。その溢れんばかりのエネルギー。そのひた向きな姿の奥に、幼い日、乳児から幼児へと羽ばたく時に見せた、あの自ら律する素晴らしい姿が重なります。

今や親はあまり必要とされなくなってしまい、少し淋しい気はしますが、母乳育児時代のぬくもりと絆が私を深い部分で支えてくれていて温かい気持ちでいられます。
いつまでも、私は息子らを感動と尊敬の気持ちで見守っていきます。

子どもだけなく親も大きく育ててくれる母乳育児。それを綿々と支え続けてくださっている平田先生の存在の大きさ。
母乳育児バンザイ!心から感謝しています!

(H・Kさん)

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