17年前を振り返って
1993年12月31日に生まれ、17歳になったダウン症の子、私が大事に育ててきた長女です。
特別支援学校の高等部3年生になりました。
子どもの成長にはいつも驚きの連続でここまできたように思います。
思い返せば、17年前、障害児を生んだ私は、保育器に入っている我が子に私が出来ることは、母乳しかない!となぜか思い、看護師さんい尋ね売店で本を買ったことがまず始めての出会いになりました。
でもその時は、それで終わってしまって、退院してせっせと母乳を搾り冷凍し、運んでいました。
しかし、自分で母乳を搾るというのはなかなか大変で教えてくれる人も無く、とうとう乳腺炎になってしまい、平田先生と出会う事となりました。
それから、2日~3日と空けずにに通い続け、飲む力が弱いので、又、すぐに、乳腺炎の繰り返しでした。始めは、どうなるか、とても心配しました。が、どにかくやるしかない!先生を信じ、自分を信じ続けました。何とすごい事に、ダウン症の子は、歩くのが2歳を過ぎないと無理と言われていたのに、娘は、1歳1ヵ月と15日ではるき始めたのです!
その時の感動は、今もしっかり覚えています。
母乳育児との出会いがきっかけで、療育(子どもの城)福祉センター通園(1歳4か月から1年間)・断乳(1歳6か月)へとスムーズにこれた事が、まず大きな夢に向かう1歩になりました。
次に、保育園です。あえて、少人数の規模の普通の保育園で受け入れ先を探し、次に幼稚園の受け入れ先を探し、次に、大規模の幼稚園の受け入れに成功し、半年後小学校普通学級入学となりました。
小学校や中学校は、校長先生や教頭先生やセンターの先生方とずいぶん話し合いました。
それでも、普通学級です。中学校の時は、本人の希望が強く
「みんなと一緒がいい!!」「悪口言われても頑張る!負けん!!」
その言葉で特別学級があるにもかかわらず、あえて普通学級へ入学しました。
思った通り嫌な出来事もありましたが、よく頑張って乗り越えてくれました。
支援学校にお世話になって3年目、本人は、違った意味で楽しんで頑張っています。
来年卒業したらどうなるのでしょうか?又、楽しみが増えます。あっという間の17年間です。
今年、下の妹が中学3年生で受験生なんですが、比べるって事はとてもいけないことだと思いますが、私は、障害児を育てるより、健常児を育てる方がよっぽど難しい事を近頃よく感じています。
子育てすると同時に、親自身にもなくてはならいのが、母乳育児ではないかと実感している毎日です。
平田先生は、おいしいおっぱいはもちろん、母親1年生の私に、時にはやさしく、時には厳しく、母親とは…を沢山教えて頂きました。
「健常者・障碍者なんて関係なく同じように子育てする!!」
これが、今の私たち親子にとってどのくらいに力になっているか!又自身になっているか!感謝しても言い尽くせない程です。これからの子育てには絶対に欠かせないのが母乳育児だと思います。
一人でもたくさんの方が母乳育児に出会えますよう心よりお祈り致します。
(H・Mさん)


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